全身麻酔(入室から退室まで)

1. 入室、患者さんの確認

 入室予定時間になったら、手術室入り口で患者さんを待ちます。入室してきたら、まずマスクをとってご挨拶をします。看護師が患者さん本人に、名前と手術部位を尋ねますので、間違いがないか、一緒に確認してください。ネームバンドの名前も確認します。
 患者間違いがないことを確認したら、手術室の中へ移動します。

2. ベッド移動

 ストレッチャー上で、看護師が病棟の布団から、保温されたタオルケットに掛け物を交換します。患者さんには、術衣を脱いでもらってから、手術台へ移動していただきます。ご自分で動けない方は、ロールボードを使って移動します。麻酔科医は、手術台の頭側に立ち、ロールボードでの移動時には頭が体幹に対してねじれることがないように両手でしっかり支えます。静脈路が確保されている患者さんでは、点滴ラインが引っ張られないように注意します。

3. 入室時バイタルの確認

 患者さんが手術台に移ったら、SpO2モニター、心電図モニター、血圧計をつけます。

★SpO2モニターは、原則として血圧計と反対側の指につけます。爪に変形やマニキュアがある場合は正確な値を拾うことができませんので、別の指を選びます。片腕が術野となる場合は、血圧計と同側につけます。波形が安定したところで、入室時のSpO2値を記録します。

★心電図は、術前に3極か5極を選んでおきます。なるべく術野にかからない場所を選んで電極シールを貼ります。波形が安定したところで、入室時の心電図を記録します。記録は、4~5波形程度を取ります。心拍数も記録しておきます。

★血圧計は、原則として静脈路と反対側に巻きます。肘動脈の拍動を確認し、マンシェットを指1本入るくらいのゆとりをもって巻きます。ゆるすぎると正しい血圧が測れませんので注意します。術中に血圧計がずれないよう、マンシェットの上からひもを巻いて結び、止めておきます。血圧計が巻けたら、血圧を測定して、記録します。インターバルは2.5分に設定します。血圧計と静脈路が同側になる場合で、血液の逆流が大きいときには、点滴ラインに逆流防止弁をつけます。

 血圧計とSpO2モニターは、看護師がつけてくれることが多いです。

4. 静脈路確保

 病棟からの静脈路がない場合は、麻酔を始める前に確保します。原則として、利き腕と反対側の手背から取ります。手術中に予測される輸液量に応じて、なるべく18Gか20Gの留置針で確保します。短時間手術や出血の少ない手術、末梢血管不良の患者さんでは22Gで取ることもあります。

①まず、静脈路を確保する側の前腕の中枢側を駆血帯でしばります。手背でなるべく太く、真っ直ぐに走っている静脈を選びます。穿刺する静脈を選んだら、酒精綿で穿刺部位を消毒します。

②18~20G針では血管穿刺時の痛みが強いため、穿刺前に26G針で局所麻酔薬ロカイン(1A 1m:1%塩酸プロカイン)を用いて膨疹を作るように皮下注射します。22~24Gの場合は、局所麻酔は必要ありません。

③ロカインで局所麻酔を行った部位から、留置針を穿刺します。血液の逆流があれば、針を寝かせてさらに1~2mmほど進め、内筒を少し抜き、外筒のみを血管内に進めます。駆血帯を外し、留置針が入った血管を指で圧迫し、血液の逆流を防いでから、内筒を完全に引き抜きます。抜いた内筒はボタンを押して、針先をハブの中へ閉じ込めます。

④点滴ラインとつないだら、圧迫していた指を離し、点滴が落ち、患者さんに痛みなどの不快感がないことを確認します。

⑤確認ができたら、オプサイトで留置針を固定します。オプサイトは、留置針の刺入部が透明部分のちょうど真ん中にくるように貼ります。

5. 酸素投与

 入室時のバイタルを記録したら、マスクに換気量計をつけ、「マスクを合わせますよ」と声をかけてから、患者さんの顔に当てます。マスクが患者さんにフィットするか確認し、換気量を測定します。マスクが目にかかったり、下顎に隙間ができる場合は、マスクのサイズを小さくします。

 換気量を測定したら、酸素投与を開始します。酸素を6Lで3~5分吸入してもらい、麻酔で眠る前に血液の酸素含有量を増やしておきます。SpO2は、多くの場合は98%以上となります。

 呼吸数は20秒かけて胸の動きを数え、その回数を3倍して出します。呼吸が遅かったり、不規則な場合は1分かけて数えます。換気量と呼吸数を記録しておきます。

 患者さんに酸素を投与し始めた時間が、麻酔開始時間となります。

6. 麻酔導入

 十分な酸素投与ができたら、麻酔薬の投与を開始します。麻酔導入には、フェンタニル、プロポフォール、エスラックスを使用します。

★フェンタニル(1A=0.1mg=2mL):麻薬で、喉頭展開の刺激を和らげます。効果発現は2~3分、作用持続時間は45~60分です。2μg/kgを静脈内投与(静注)します。通常は1mLまたは2mLを投与します。
 高齢な方や、全身状態が悪い方では、薬剤の効果が強く出ることがありますので、半量程度まで減量します。

★プロポフォール(1A=200mg=20mL):全身麻酔薬で、催眠作用があります。2mg/kgをゆっくり静注します。投与から1分以内に入眠します。患者さんの名前を呼び、反応を確かめます。入眠したら、すぐにバッグマスクを開始します。プロポフォールは作用持続時間が短いため、マスク換気ができることを確認したら、麻酔維持薬のセボフルランを3%で投与し始めます。
 プロポフォールは注入時の血管痛がありますが、フェンタニルを2~3分前に投与しておくと、痛みを訴えることは少なくなります。
 高齢な方や、全身状態が悪い方では、作用が強く出ることがありますので、血圧、心拍数を見ながら少量から投与していき、意識消失が確認できた時点で投与を中止します。

★エスラックス(1V=50mg=5mL):筋弛緩薬です。挿管操作を安全で容易なものにします。プロポフォールで入眠し、マスク換気ができることを確認した後、0.6mg/kgを静注します。作用発現は1分30秒程度、作用持続時間は20~40分です。
 入眠後、筋弛緩薬を投与する前に、筋弛緩モニターでTrain of Four(TOF)の反応を見ておきます。筋弛緩モニターの刺激の強さは、反応が出る最小限(30~50mA)とし、術中に反応をみる際にも同じ強さで行ってください。

 導入時の薬剤は、麻酔科医の指示のもと、看護師が投与します。「○○を○mg、○mL 静注してください」のように、はっきり、明確に指示を出してください。また、投与時に看護師が内容を復唱しますので、間違いがないことを確認してください。

7. 挿管

 挿管のタイミングは、筋弛緩薬の効果が現れ、麻酔深度が十分に深くなった時点です。筋弛緩薬が十分に効くと、顎関節の力が抜け、柔らかくなります。また、筋弛緩モニターではTOFが0となります。

①挿管できるタイミングになったら、看護師に「挿管します」と声をかけます。看護師の準備ができたら、まず、口を大きく開けます。歯のある患者さんでは、クロスフィンガーで開口しますが、歯がない方では後頭部を右手で支え、後屈させると開口させることができます。

②左手で喉頭鏡を受け取り、やさしく口腔内に挿入します。喉頭蓋が見えたら、患者の尾側に喉頭鏡を押し上げます。声門が確認できたら、右手で挿管チューブを受け取り、挿管します。視野が悪いときには、看護師に右口角を引っ張ってもらったり、輪状軟骨を圧迫してもらうと見えやすくなることがあります。

③挿管チューブのカフが声門を通過するのが見えたら、その深さから動かないように、右口角でしっかりとチューブを保持します。喉頭鏡を、チューブと歯に気をつけながら抜去します。蛇管をつなぎ、換気します。胸が上がることを目で確認し、カプノメーターでCO2が検出されることを確認してください。

④挿管チューブと気管の間には空気漏れ(リーク)があるので、カフをリークがなくなるところまで膨らませます。空気を1mLずつ看護師に入れてもらい、リークがなくなったところで止めます。

⑤カフの調節が終わったら、聴診器を受け取り、自分の耳で肺音を確認します。胸部4か所(+ 心窩部を聞いてもよい)を聴診し、肺音が聞こえること、左右差がないことを確かめてください。この間も、挿管チューブは口角の位置でずれないようにしっかり手で固定しておきます。

⑥挿管チューブが正しく挿入されていることを確かめたら、テープで固定します。必ずシルクテープを用い、上顎と下顎にかかるように2ヶ所で止めます。

⑦ベンチレーターの電源を入れ、呼吸回路をベンチレーターに切り替えます。ベンチレーターは麻酔準備の段階で、換気量と呼吸回数、吸気・呼気時間の比(I:E比)を設定しておきます。換気量は体重×8mL、呼吸回数は10回/分、I:E=1:1.5に設定します。この設定で、実際に患者さんに接続し、気道内圧が20cmH2Oを超えないことを確認します。圧が高すぎるときは、換気量を減らします。呼吸数は、ETCO2が適正な範囲(35~45mmHg)となるように増減します。

 挿管の際、動揺歯や歯並びが不良であるなど、歯に問題のある患者さんでは、エンドラガードを使用します。入眠後、マスク換気を始める前に上下の歯列にきちんとはまるように挿入します。

8. 導尿

 挿管が終わったら、看護師に導尿をしてもらいます。自分で行う場合は、ベンチレーターの条件がある程度決まったら、指導医にバイタルサインの管理をお願いし、導尿を行います。
 
9. 麻酔維持

 酸素を6Lから2Lに下げ、人工空気2Lを流します。酸素:空気=2:2でFIO2は60%程度となります。SpO2の低い患者さんでは、挿管チューブの折れや呼吸回路の外れ、片肺挿管などを除外した上で、FIO2を上げていきます。

★セボフルランは、挿管後、術野の消毒が始まるまでは1%とします。消毒が始まったら、執刀に備えて2%に上げます。執刀後は、循環動態を見ながら1~3%で維持します。
 硬膜外麻酔などの補助鎮痛法を併用している場合は、血圧が下がりやすくなりますので、指導医と相談しながら投与量を調整します。安定した循環動態を得るために、高齢者ではより低濃度で、若年者ではより高濃度で維持することがあります。

★エスラックスは、TOFで1回目が目視または触知できたら、0.2mg/kgを追加します。効果は20~30分持続しますが、適宜筋弛緩モニターでチェックします。手術終了間際であれば、指導医と相談の上、追加投与をしないこともあります。

★フェンタニルは、執刀までに4mL=200μgが投与されているようにします。その後は、血圧、心拍数の反応を見ながら、30~60分おきに2mLを追加投与します。高齢な方や、肝腎機能低下などの合併症のある方では、作用持続時間が延長します。個人差の大きい薬剤ですので、指導医と相談しながら、1回の投与量を減らしたり、投与間隔を空けるようにします。

 術中の投薬は、麻酔科医が行います。薬液を新たに準備するときは清潔操作で行い、アンプルの名前を確認してから開封し、シリンジに吸います。薬液を吸ったら、アンプルの名前をもう一度確かめてから、シリンジに薬剤の名前と濃度(○○mg/mL)をマジックで書いておきます。投薬する際には、シリンジに書かれた薬剤の名前と投与量に間違いがないことを確認してから投与します。

 静注薬剤には透明のシリンジを、硬膜外投与など静注薬剤以外のものにはピンク色のシリンジを使用します。
 
 麻酔中は、5分おきにバイタルサインを記録します。また、バイタルサインに加え、瞳孔の大きさや流涙・発汗の有無などを観察し、適切な麻酔深度を保つように努めます。また、末梢冷感がないか、無理な体位となっていないか(とくに首、腕)などにも注意します。手術操作や体位変換によって、人工呼吸の条件(気道内圧や換気量)が変化しますので、適宜チェックし、適切な換気を行うようにします。

10. 覚醒、抜管

 開腹、開胸手術では、終了時にレントゲン撮影を行い、残存異物がないことを確認します。手術終了からレントゲン確認までの時間はセボフルラン0.5~1%で維持します。写真が出来たら、主治医、麻酔科医それぞれで確認し、問題がなければ覚醒の準備を始めます。レントゲン撮影がない場合は、手術終了時から覚醒の準備を始めていきます。

★筋弛緩のリバース

 筋弛緩モニターで、TOFが3~4発出ることを確認します。1~2発しか出ない場合は、3~4発になるまで待ちます。セボフルランをoffにし、人工空気を止め、酸素を6Lにします。
 筋弛緩薬のリバースをします。まず、硫酸アトロピン(1A=0.5mg=1mL)を1A静注します。心拍数が増加してきたら、アンチレクス(1A=10mg=1mL)を3A静注します。

★抜管

①体動、自発呼吸、開眼などがあれば、名前を呼び、意識の回復を確認します。手を握ってもらい、従命動作ができることを確かめます。自発呼吸が出たら、人工呼吸器を止め、手動換気に切り替え、補助呼吸を行います。補助呼吸をしない時は、気道に過度の圧がかかるのを防ぐため、pop-offバルブをopenにしておきます。

②気管内を吸引し、分泌物を除去します。気管内の痰が取れたら、口腔内を吸引します。口腔内に使用したカテーテルは不潔となるため、再度気管内に使用することはできません。

③口腔内の吸引ができたら、pop-offバルブを閉め、吸気に合わせて20cmH2Oまで加圧します。加圧した状態で、看護師に気管チューブのカフ内の空気を完全に抜いてもらい、抜管します。吸気で抜管すると、患者さんの抜管後の最初の呼吸は呼気から始まり、口腔内分泌物の誤嚥を防ぐことができます。

④抜管したら、マスクで酸素6Lを投与し、まず胸の動きを目で確かめます。舌根沈下があるようなら、下顎挙上をします。無呼吸であれば、バッグマスクで補助します。

⑤呼吸が安定していれば、抜管の時間、血圧、心拍数を記録します。

痛みがある程度コントロールでき、バイタルサインが安定したら、帰室します。帰室が判断できた時間を、麻酔終了時間とします。

11. 帰室

 手術時間、麻酔時間、麻酔終了時バイタル、覚醒状態、術中尿量、術中輸液量などを看護師に伝え、病棟への申し送り書に記録してもらいます。酸素投与は、マスク4Lで指示を出し、主治医の指示により止めてもらうようにします。酸素4LでSpO2の値が不安定な場合は、安定する流量で指示を出します。その他、特に気をつけてもらいたいことなどがあれば、指示を出し、記載してもらいます。

 患者さんをストレッチャーに移す準備をします。

 心電図、血圧計を外し、点滴ライン、尿道カテーテル、ドレーンチューブなどが絡まないように整理します。SpO2モニターは、移動する直前まで付けておきます。

 ストレッチャーの酸素ボンベを開き、内圧が十分にある(針が緑色の範囲にある)ことを確認します。流量計の目盛を4Lに合わせ、病棟用マスクからきちんと酸素が出ていることを確かめます。4L以上の流量を指示した場合には、その流量に目盛を合わせてください。移動できる準備が整ったら、SpO2モニターを外します。

 麻酔中に使用した呼吸回路とマスクを患者さんから外し、ロールボードを使用して、患者さんをストレッチャーに移動させます。移動時は、患者さんの頭部を両手でしっかり支え、体幹に対してねじれることがないように気をつけます。術野となった部位は、なるべく主治医に支えてもらうようにします。

 ストレッチャーに移ったら、病棟用マスクを患者さんにつけます。病棟看護師と手術室看護師で申し送りを行ったあと、手術室入り口まで患者さんをお送りします。

 帰室するまでは、常に患者さんの呼吸状態、循環動態、意識、痛みなどに気を配り、安全に努めます。手術室から先は、主治医が付き添い、病棟へもどります。患者さんを帰したら、麻酔器周辺を簡単に片付け、台帳記載などの麻酔終了後の業務を行います。

 術後ICUに入室する場合は、ICUまで麻酔科医と主治医の二人が付き添います。

 ICUに入室したら、中央配管の酸素流量計の目盛を合わせ、酸素マスクのチューブをボンベから外して接続します。ボンベの流量計をゼロにし、ボンベを確実に閉じます。モニター類は看護師がつけます。手術中に使用した心電図の電極をそのまま使用することが多いので、ICUに入室する場合は電極シールを患者さんの体に残しておきます。入室時のバイタルサインが帰室時と大きく変化していないか、痛みの状態はどうか、観察します。

 患者さんが一通り落ち着いたら、主治医、麻酔科医、ICU担当医師、ICU看護師で入室カンファレンスを行います。カンファレンスでは、術後管理に必要な情報をICU医師と看護師に伝えます。麻酔科医が申し送る内容は、手術時間、麻酔時間、麻酔維持の方法、使用した鎮痛の内容、術中投与した抗生剤の使用量と投与時間、輸液・輸血量、出血量、尿量などです。麻酔中に何かイベントがあれば、その内容と、どのような対応をしたか、現在はどうであるかを伝えます。

 カンファレンス終了後は、手術室へもどり、通常の麻酔終了後の業務を行います。

Ver1.0.1 2008/05/08 ミスタイプの修正
Ver1.0.0 2008/04/21 初版(by 脇坂マリコ)